という。猫にまたたびの諺《ことわざ》はかねて聞いていたが、その花を見るのは今が初めであった。
 天地|蒼茫《そうぼう》として暮れんとする夏の山路に、蕭然《しょうぜん》として白く咲いているこの花をみた時に、わたしは云い知れない寂しさをおぼえた。[#地付き](大正3・8)

     (九)鶏

 秋雨《あきさめ》を衝《つ》いて箱根《はこね》の旧道を下《くだ》る。笈《おい》の平《たいら》の茶店に休むと、神崎与五郎《かんざきよごろう》が博労《ばくろう》の丑五郎《うしごろう》に詫《わび》証文をかいた故蹟という立て札がみえる。
 五、六日まえに修学旅行の学生の一隊がそこに休んで、一羽の飼い鶏をぬすんで行ったと、店のおかみさんが甘酒を汲みながら口惜《くや》しそうに語った。
「あいつ泥坊だ。」と、三つばかりの男の児が母のあとに付いて、まわらぬ舌で罵《ののし》った。この児に初めて泥坊という詞《ことば》を教えた学生らは、今頃どこの学校で勉強しているであろう。[#地付き](大正10・10)

     (十)山蛭

 妙義の山をめぐるあいだに、わたしは山蛭《やまびる》に足を吸われた。いくら洗っても血のあと
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