ではシナの兵は弱い筈である。
多年の因習、一朝《いっちょう》に一洗することは不可能であるとしても、新興国の当路者がここに意を致すことなくんば、富国はともあれ、強兵の実は遂に挙がるまいと思われる。[#地付き](昭和8・1「文藝春秋」)
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満洲の夏
池
この頃は満洲の噂がしきりに出るので、私も一種今昔の感に堪えない。わたしの思い出は可なり古い。日露戦争の従軍記者として、満洲に夏や冬を送った当時のことである。
満洲の夏――それを語るごとに、いつも先ず思い出されるのは得利寺《とくりじ》の池である。得利寺は地名で、今ではここに満鉄の停車場がある。わたしは八月の初めにここを通過したが、朝から晴れた日で、午後の日盛りはいよいよ暑い。文字通り、雨のような汗が顔から一面に流れ落ちて来た。
「やあ、池がある!」
沙漠でオアシスを見いだしたように、私たちはその池をさして駈けてゆくと、池はさのみ広くもないが、岸には大きい幾株の柳がすずしい蔭を作って、水には紅白の荷花《はすばな》が美しく咲いていた。
汗をふきながら池の花をながめて、満洲にもこんな涼味に富んだ所があるか
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