な音もきこえた。ときどきには跣足《はだし》で表へ飛び出すこともあった。建具屋のおじいさんももう見ていられなくなって、無理に徳さんをすすめて妹を巣鴨《すがも》の病院へ入れさせることにした。今の徳さんには入院料を支弁する力もない。さりとて仮りにも一|戸《こ》を持っている者の家族には施療《せりょう》を許されない規定になっているので、徳さんはとうとうその家を売ることになった。そうして、建具屋のおじいさんの尽力で、お玉さんはいよいよ巣鴨へ送られた。それは九月はじめの陰った日で、お玉さんはこの家を出ることを非常に拒《こば》んだ。ようように宥《なだ》めて人力車に乗せると、お玉さんは幌《ほろ》をかけることを嫌った。
「畜生。べらぼう。百姓。ざまあ見やがれ。」
お玉さんは町じゅうの人を呪うように大きな声で叫びつづけながら、傲然《ごうぜん》として人力車にゆられて行った。わたしは路地の口に立って見送った。建具屋のおじいさんと徳さんとは人力車のあとに付いて行った。
「妹もながなが御厄介になりました。」
巣鴨から帰って来て、徳さんは近所へいちいち挨拶にまわった。そうして、その晩のうちに世帯をたたんで、元の貸
前へ
次へ
全408ページ中138ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング