もやもやした白い湯気が瓦斯のひかりを陰らせて、夜ふけの風呂のなかは薄暗かった。
※[#歌記号、1−3−28]常から主《ぬし》の仇《あだ》な気を、知っていながら女房に、なって見たいの慾が出て、神や仏をたのまずに、義理もへちまの皮羽織……
少し錆《さび》のある声で清元《きよもと》を唄っている人があった。音曲《おんぎょく》に就いてはまんざらのつんぼうでもない私は、その節廻しの巧いのに驚かされた。じっと耳をかたむけながら其の声の主を湯気のなかに透かしてみると、それはかの徳さんであった。徳さんが唄うことは私も子供のときから知っていたが、こんなにいい喉《のど》をもっていようとは思いも付かなかった。琵琶《びわ》歌や浪花節が無遠慮に方々の湯屋を掻きまわしている世のなかに、清元の神田祭――しかもそれを偏人のように思っていた徳さんの喉から聞こうとは、まったく思いがけないことであった。
私のほかには商家の小僧らしいのが二人はいっているきりであった。徳さんはいい心持そうに続けて唄っていた。しみじみと聴いているうちに、私はなんだか寂しいような暗い気分になって来た。お玉さんの兄妹《きょうだい》が今の元園町に
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