っているのは、シナのあやつり人形の首で、これはちょっと面白いものです。先年三越呉服店で開かれた「劇に関する展覧会」にも出品したことがありました。この人形の首をはじめて見たのは、わたしが日露戦争に従軍した時、満洲の海城《かいじょう》の城外に老子《ろうし》の廟《びょう》があって、その祭日に人形をまわしに来たシナの芸人の箱のなかでした。わたしは例の癖がむらむらと起ったので、そのシナ人に談判して、五つ六つある首のなかから二つだけを無理に売って貰いました。なにしろ土焼きですから、よほど丁寧に保管していたのですが、戦場ではなかなか保護が届かないので、とうとう二つながら毀《こわ》れてしまいました。がっかりしたが仕方がないので、そのまま東京へ帰って来ますと、それから二年ほどたって、「木太刀」の星野麦人《ほしのばくじん》君の手を経て、神戸の堀江《ほりえ》君という未見の人からシナの操り人形の首を十二個送られました。これも三つばかりは毀れていましたが、南京《ナンキン》で買ったのだとか云うことで、わたしが満洲で見たものとちっとも変りませんでした。わたしは一旦紛失したお家《いえ》の宝物《ほうもつ》を再びたずね出したように喜んで、もろもろの瓦楽多のなかでも上坐に押し据えて、今でも最も敬意を表しています。殊にそのなかの孫悟空《そんごくう》は、わたしが申歳《さるどし》の生まれである因縁から、取分けて寵愛《ちょうあい》しているわけです。
そのほかの人形は――京《きょう》、伏見《ふしみ》、奈良《なら》、博多《はかた》、伊勢《いせ》、秋田《あきた》、山形《やまがた》など、どなたも御存知のものばかりで、例の今戸焼《いまどやき》もたくさんあります。シナ、シャム、インド、イギリス、フランスなども少しばかりあります。人形ではやはり伏見が面白いと思うのですが、近年は彩色などがだんだんに悪くなって来たようです。伏見の饅頭《まんじゅう》人形などは取分けて面白いと思います。伊勢の生子《うぶこ》人形も古風で雅味があります。庄内《しょうない》の小芥子《こけし》人形は遠い土地だけに余り世間に知られていないようですが、木製の至極粗末な人形で、赤ん坊のおしゃぶりのようなものですが、その裳《すそ》の方を持って肩をたたくと、その人形の首が丁度いい工合に肩の骨にコツコツとあたります。勿論、非常に小さいものもありますから、肩を叩くのが
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