は、机のないことであった。宿に頼んで何か机を貸してくれというと、大抵の家では迷惑そうな顔をする。やがて女中が運んでくるのは、物置の隅からでも引摺り出して来たような古机で、抽斗《ひきだし》の毀れているのがある、脚の折れかかっているのがあるという始末。読むにも書くにも実に不便不愉快であるが、仕方がないから先ずそれで我慢するのほかは無い。したがって、筆や硯にも碌なものはない。それでも型ばかりの硯箱を違い棚に置いてある家はいいが、その都度《つど》に女中に頼んで硯箱を借りるような家もある。その用心のために、古風の矢立《やたて》などを持参してゆく人もあった。わたしなども小さい硯や墨や筆をたずさえて行った。もちろん、万年筆などは無い時代である。
 こういう不便が多々ある代りに、むかしの温泉宿は病いを養うに足るような、安らかな暢《のび》やかな気分に富んでいた。今の温泉宿は万事が便利である代りに、なんとなくがさ[#「がさ」に傍点]ついて落着きのない、一夜どまりの旅館式になってしまった。
 一利一害、まことに已《や》むを得ないのであろう。

     四

 万事の設備不完全なるは、一々数え立てるまでもないが、肝腎の風呂場とても今日のようなタイル張りや人造石の建築は見られない。どこの風呂場も板張りである。普通の銭湯とちがって温泉であるから、板の間がとかくにぬらぬらする。近来は千人風呂とかプールとか唱えて、競って浴槽を大きく作る傾きがあるが、むかしの浴槽はみな狭い。畢竟《ひっきょう》、浴客の少なかった為でもあろうが、どこの浴槽も比較的に狭いので、多人数がこみ合った場合には頗《すこぶ》る窮屈であった。
 電燈のない時代は勿論、その設備が出来てからでも、地方の電燈は電力が十分でないと見えて、夜の風呂場などは濛々《もうもう》たる湯烟《ゆげ》にとざされて、人の顔さえもよく見えないくらいである。まして電燈のない温泉場で、うす暗いランプのひかりをたよりに、夜ふけの風呂などに入っていると、山風の声、谷川の音、なんだか薄気味の悪いように感じられることもあった。今日でも地方の山奥の温泉場などへ行けば、こんなところが無いでもないが、以前は東京近傍の温泉場も皆こんな有様であったのであるから、現在の繁華に比較して実に隔世の感に堪えない。したがって、昔から温泉場には怪談が多い。そのなかでやや異色のものを左に一つ紹
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