も退却の際には必要に応じて破壊したに相違ない。そうして、いったん敵に占領された。それを取返そうとして、味方が再び砲撃した。敵が退却の際にまた破壊した。こういう事情で、幾たびかの破壊を繰り返されたランスの町は禍《わざわい》である。市街はほとんど全滅と云ってもよい。ただ僅かに大通りに面した一部分が疎《まば》らに生き残っているばかりで、その他の建物は片端から破壊されてしまった。大火事か大地震のあとでも恐らく斯《こ》うはなるまい、大火事ならば寧《むし》ろ綺麗に灰にしてしまうかも知れない。
 滅茶滅茶に叩き毀された無残の形骸《けいがい》をなまじいに留めているだけに痛々しい。無論、砲火に焼かれた場所もあるに相違ないが、なぜその火が更に大きく燃え拡がって、不幸な町の亡骸《なきがら》を火葬にしてしまわなかったか。形見《かたみ》こそ今は仇《あだ》なれ、ランスの町の人たちもおそらく私と同感であろうと思われる。
 勿論、町民の大部分はどこへか立ち退いてしまって、破壊された亡骸の跡始末をする者もないらしい。跡始末には巨額の費用を要する仕事であるから、去年の休戦以来、半年以上の時間をあだに過して、いたずらに雨や風や日光のもとにその惨状を晒しているのであろう。敵国から償金を受取って一生懸命に仕事を急いでも、その回復は容易であるまい。
 地理を知らない私は――ちっとぐらい知っていても、この場合にはとうてい見当は付くまいと思われるが――自動車の行くままに運ばれて行くばかりで、どこがどうなったのかちっとも判らないが、ヴェスルとか、アシドリュウとか、アノウとかいう町々が、その惨状を最も多く描き出しているらしく見えた。大抵の家は四方の隅々だけを残して、建物全体がくずれ落ちている。なかには傾きかかったままで、破れた壁が辛《から》くも支えられているのもある。家の大部分が黒く焦げながら、不思議にその看板だけが綺麗に焼け残っているのは、却って悲しい思いを誘い出された。
 ここらには人も見えない、犬も見えない。骸骨《がいこつ》のように白っぽい破壊のあとが真昼の日のもとにいよいよ白く横たわっているばかりである。この頽《くず》れた建物の下には、おじいさんが先祖伝来と誇っていた古い掛時計も埋められているかも知れない。若い娘の美しい嫁入衣裳も埋められているかも知れない。子供が大切にしていた可愛らしい人形も埋められているか
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