苦力頭は軍隊使用の苦力らの取締役のようなもので、胸には徽章《きしょう》をつけ、手には紫の総《ふさ》の付いている鞭《むち》を持っている。丁のような人の眼にも、それが羨《うらや》ましく見えたのであろう。
彼らに就いては、まだ語ることもあるが、余り長くなるからこの位にとどめて置く。いずれにしても、私たちの周囲にいた苦力らは前に云ったような次第で、ことごとく忠実善良の人間ばかりであった。私たちの運がよかったのかも知れないが、あながちにそうばかりとも思われない。
多数のなかには、横着な者も狡猾な者もいるには相違ないが、苦力といえば一概に劣等の人間と決めてしまうのは、正しい観察ではないと思われる。それと反対に、私は苦力という言葉を聞くと、王福の兄弟や、高秀庭や、丁禹良らの姿が眼に浮かんで、苦力はみな善良の人間のように思われてならない。これも勿論、正しい観察ではあるまいが――。
二
今度は少しくシナの兵士について語りたい。
シナの兵隊も苦力と共に甚だ評判の悪いものである。シナ兵は怯懦《きょうだ》である、曰《いわ》く何、曰く何、一つとしてよいことは無いように云われている。しかも彼らの無規律であり怯懦であるのは、根本の軍隊組織や制度が悪いためであって、彼らの罪ではない。
現在のシナのような、軍隊組織や制度の下《もと》にあっては、いかなる兵でも恐らく勇敢には戦い得まいと思う。個人としてのシナ兵が弱いのではなく、根本の制度が悪いのである。新たに建設された満洲国はどんな兵制を設けるか知らないが、在来の制度や組織を変革して、よく教えよく戦わしむれば、十分に国防の任務を果たし得る筈である。
それよりも更に変革しなければならないのは、軍隊に対する一般国民の観念である。由来、文を重んずるはシナの国風であるが、それが余りに偏重し過ぎていて、文を重んずると反対に武を嫌い、武を憎むように慣らされている。シナの人民が兵を軽蔑し憎悪することは、実に我々の想像以上である。
「好漢|不当兵《へいにあたらず》」とは昔から云うことであるが、いやしくも兵と名が付けば、好漢どころか、悪漢、無頼漢を通り越して、ほとんど盗賊類似のように考えられている。そういう国民のあいだから忠勇の兵士を生み出すことの出来ないのは判り切っている。
私は遼陽城外の劉《りゅう》という家《うち》に二十日余り滞在していた
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