のであろう。二、三度呼んでみたが返事もない。台所の土間にも姿はみえない。この雨の夜にどこへも行くはずはない、あるいは何かの事情で私を置き去りにして行ったのかとも思った。なにしろ、これだけの荷物がある以上、油断してはいられないと思ったので、私は毛布を着て起き直った。砲声はやや衰えたが、雨の音は止まない。夜の寒さは身にしみて来た。
それから二時間ほどの後である。高は濡《ぬ》れて帰って来た。彼は一枚の毛布を油紙のようなものに包んで抱えていた。
これで事情は判明した。彼は昼間から私の容体を案じていたのであるが、日が暮れていよいよ寒くなって来たので、彼は私のために更に一枚の毛布を工面《くめん》に行ったのである。われわれの食物その他はすべて管理部で支給されるのであるから、彼は管理部をたずねて行った。戦闘開始中は管理部も後方に引き下がっているのであるから、彼は暗い寒い雨の夜に一里余の路を引返して、ようように管理部のありかを探し当てたが、管理部でも毛布までは支給されないという。第一、余分の毛布もないのである。それでも彼はいろいろに事情を訴えて、一枚の古毛布を借りて来て、病める岡大人――岡本の一字を略して云う――に着せてくれる事になったのである。
私は感謝を通り越して、なんだか悲しいような心持になった。前にもいう通り、私たちはとかくに苦力らを侮蔑する心持がある。その誤りをさきに王福の兄弟に教えられ、今はまた、高秀庭に教えられた。いたずらに皮相を観て其の人を侮蔑する――自分はそんな卑しい、浅はかな心の所有者であるかと思うと、私は涙ぐましくなった。その涙は感激の涙でなく、一種の自責の涙であった。
私は高のなさけに因《よ》って、その夜は二枚の毛布をかさねて眠った。あくる朝は一度ほども熱が下がったのと、前方の戦闘がいよいよ激烈になって来たのとで、私は病いを努《つと》めて前進することにした。高は彼《か》の古毛布を斜めに背負って、天秤の荷物をかついで、私のあとに続いて来た。雨はまだやまなかった。
最後の丁禹良はやや魯鈍《ろどん》に近い人間で、特に取立てて語るほどの事もなかったが、いわゆる馬鹿正直のたぐいで、これも忠実勤勉であった。それでも「わたしも今に高のようになりたい」などと云っていた。高秀庭はその勤勉が管理部の眼にもとまり、私たちの方でも推薦して苦力頭の一人に採用されたからである。
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