》頃に初めて馬喰町の宿へ帰ると、治六は帳場の前に坐って亭主と話していた。
「旦那さま。おめでとうござります」
 治六はもとの主人の前にうやうやしく手をついた。
「お帰んなさいまし」と、亭主も会釈した。
 それらを耳にも掛けないように、次郎左衛門は二階へすたすた[#「すたすた」に傍点]昇って行った。
 さすがに遊び疲れたような心持ちで次郎左衛門はぼんやりと角火鉢の前に坐ると、亭主は自分で土瓶《どびん》と茶碗とを運んで来た。
「松の内もいいあんばいにお天気がつづきました」
 彼は手ずから茶をついで出した。それは治六が帰参の訴訟に来たものと次郎左衛門も直ぐにさとった。彼はわざと苦《にが》い顔をして黙っていると、果たして亭主はそれを言い出した。
「治六さんもしきりに頼んでおります。わたくしも共どもにお詫びをいたしますから、どうか幾重にも御料簡を……」
 次郎左衛門は顔をそむけて聴かないふうをしていた。離れていると何だか寂しいようにも思いながら、顔を見ると彼はやっぱり治六が憎くてならなかった。

     十

 暮れから催していた雪ぞらも、春になってすっかり持ち直したが、それも七草《ななくさ》
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