、なんの遠慮も容赦もない筈であるが、相手が八橋であるだけに彼はやはり臆病らしい一種の未練に囚《とら》われていた。いま殺そうというきわまで彼は八橋が可愛かった。勿論、可愛いから殺すのである。そうは知っていながらも、どうして突くか、どこから切るか、彼はおののく腕を組みながら、まず刃の当てどころからして考えなければならなかった。
「いっそ喧嘩でも吹っ掛けようか」
 彼は更にまず刀をぬく機会を求めなければならなかった。尋常に八橋と向き合っていて、とても彼女に切り付けることはできない。何かの切っ掛けを見付けて、ひと思いに切り付ける工夫をしなければならないと思った。八橋がいつものように笑い顔をしていたら、とても切るも突くも出来そうもない。何か相手の方からいい機会を与えてくれればいいと、ひそかに祈っていた。
 やがて女中が帰って来た。やはり八橋は来なかった。新造の浮橋が来て、無理に次郎左衛門を兵庫屋へ連れて行ってしまった。彼はよんどころなしに、籠釣瓶を茶屋にあずけて出た。
 次郎左衛門が来たと聞いた栄之丞は、案外に思った。八橋は別に驚きもしなかった。
「ほほ、未練らしい。また来なんしたか」と、彼女は
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