八橋の予言ははずれて、彼は再び大門をくぐったのであった。しかも、なんの躊躇もせずに彼はまっすぐに立花屋の店先へずっとはいった。
「おや、佐野の大尽さま。お久し振りでござりました」
 女房のお藤はいつもの通り愛想よく迎えた。次郎左衛門はもうこの茶屋に百両余りの借りが出来ていた。
「この頃はどうなされたかとお噂ばかり致しておりました。浮橋さんの噂では、ひょっとするとお国へお帰りなすったのかなど申しておりましたが、やはりまだ御逗留でござりましたか。八橋さんの花魁もさぞお待ちかねでござりましょう。まあどうぞお二階へ……」
「いや、急に暖かくなったせいか、駕籠にゆられてなんだか頭痛がする。少しここで休ませてもらおうか」
 次郎左衛門は店さきの床几《しょうぎ》に腰をおろして、花暖簾を軽くなぶる夜風に吹かれていた。彼は女中が汲んで来た桜湯《さくらゆ》をうまそうに一杯飲んで、ゆったりした態度で往来の人を眺めていた。女中がすぐに八橋のところへ報《しら》せに行こうとするのを、次郎左衛門は急に呼び止めた。彼は兵庫屋の二階へ登りたくなかった。
「あ、これ、わたしは少し都合があって、今夜はここで帰るかも知れない
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