のお使いで門跡《もんぜき》さまの方まで参りましたから」と、彼女は言った。
使いに出て道草を食ってはならない。用がなければ滅多に来るなと栄之丞はふだんから言い聞かせてあるが、兄思いのお光はときどきに訪ねて来る。兄も叱りながら悪い気持ちはしなかった。
「内へあがると長くなる。門《かど》で帰れ」
二人は門口に立って、薄い煙りのあがる水田を眺めていた。
「どうだ。この頃は主人の首尾もいいか」
「はい」と、お光はにこにこ[#「にこにこ」に傍点]していた。お内儀《かみ》さんは相変らず可愛がってくれて、このあいだも半襟を下すった。古参の女中のお兼さんも、こっちが素直に受けているので、この頃ではだんだんに打ちとけて来た。この分ならばちっとも居づらいことはない。どうぞ安心してくれと、彼女は嬉しそうに話した。
その晴れやかな顔を見るに付けても、栄之丞はこの正月のことが思い出された。あの時に八橋というものがなかったら、妹は勿論のこと、自分もどんなに苦しい思いをしたかも知れない。金は次郎左衛門の懐ろから出たにしても、つまりは八橋に救われたのである。その時すぐに金を届けてやると、お光は泣いて喜んだ。主人は
前へ
次へ
全139ページ中121ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング