点]と降っていた。そろそろ花見どきに近づいて、どこの宿屋も江戸見物の客で込み合う頃であるのに、ことしは田舎の人の出が遅いとかいうので、広い佐野屋の二階も森閑《しんかん》としていた。四、五人の泊まり客は雨がふるのに何処へか出て行ってしまって、どの座敷にも灰吹きを叩く音もきこえなかった。なんだか鬱陶《うっとう》しいので、次郎左衛門はまた起って障子をあけると、どこかで籠の鶯《うぐいす》の声がしめって聞えた。このごろ聞きなれた豆腐屋の声が表で睡そうにきこえるのも、やがてもう午《ひる》に近いのを思わせた。
次郎左衛門は戸棚から籠釣瓶を取り出して、なんということもなしにするりと引き抜いて障子のあいだから流れ込む真昼のうすい光りに照らして見た。彼は水のように美しく澄んでいる焼刃《やいば》を惚れぼれと眺めているうちに、今までにこの刀を幾たび抜いたかということを考えた。これで喧嘩相手の小鬢《こびん》や腕を切った時のこころよい感じが、彼の両腕の肉をむずがゆいように顫わせた。
「もう一度人を切って見たい」
彼はふとそんなことを考えた。村正は不祥の刀であるということもまた思い出された。自分と八橋と籠釣瓶と
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