ある。からだは丈夫である。いざとなれば天秤棒《てんびんぼう》を肩にあてても自分一人の糊口《くちすぎ》はできると多寡をくくっていたものの、何を楽しみにそんな事をして生きて行くのかということを、彼はこの頃になってしみじみと考えさせられた。もうそうなったら八橋には逢えない。おれは八橋と離れて生きてはいられないということが、今さら痛切に感じられて来た。
 博奕打ちをやめたのも八橋の意見に基づいたのである。身上《しんしょう》を潰したのも八橋が半分は手伝っている。命と吊り替えというほどの千両を残らず煙《けむ》にしたのも、みんな八橋のためである。この三年このかたの自分は、すべて八橋に操られた木偶《でく》のように動いていたのであった。人形遣いの手を離れて木偶の坊が一人で動ける筈がない。昔の次郎左衛門は知らず、今の次郎左衛門は八橋を離れて動くことのできない約束になっていることを、彼は自分で見極めてしまった。八橋がきっと自分の物になるという保証がつけば、彼は車力にでも土方にでも身を落すかも知れなかったが、そんな望みのないことは彼自身もよく承知していた。
 栄之丞の口から佐野の家の没落が発覚したときに、八橋
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