姿を見せないからである。山々の木の葉がほんとうに落ちはじめて、鷲がいよいよその巣を離れて遠征をこころみる十月の頃になると、古参の腕利きが初めて出張《でば》るのである。
弥太郎も用意して出張《でばり》の日を待っているのであった。
二
「いかに和田でも、羽田の尾白《おじろ》は仕留められまい。――その噂《うわさ》を聞くたびに、わたしは冷々《ひやひや》します。」
お松は溜息まじりで言った。弥太郎の妻のお松と下男の久助は大師堂参詣をすませて、桜の木《こ》かげに待たせてある親子ふたりを連れて門前へ出ると、そこには大師詣での客を迎える休み茶屋が軒をならべて往来の人々を呼んでいた。最初は川崎の宿《しゅく》まで出て、万年屋で昼食《ちゅうじき》という予定であったが、思いがけない道連れが出来たので、宿まで戻るまでもなく、お松はかれらを案内して、門前の休み茶屋にはいることにしたのである。
休み茶屋といっても、店をゆき抜けると奥には座敷の設けがあって、ひと通りの昼食を済ませることも出来るようになっていた。久助は家来であり、かつは男であるから、遠慮して縁側に腰をかけていたが、親子ふたりづれの女
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