る若且那を置き去りにして、そのままどこへか駈けて行ってしまった。取残された又次郎は右へ行こうか、左にしようかと、立ち停まって少しく思案していると、路ばたの大きい欅《けやき》のかげから一人の若い女があらわれた。
ここらは田や畑で、右にも左にも人家はなかった。欅の下には古い石地蔵が立っていて、その前には新しい線香の煙りが寒い朝風にうず巻いていた。若い女はこの地蔵へ参詣にでも来たのであろうと、又次郎はろくろくにその姿も見極めもせずに、ともかくも最初の考え通りに海端の方角へ急いで行こうとすると、若い女は声をかけた。
「もし、あなたは若旦那さまじゃあございませんか。あの、お江戸の和田さまの……。」
言う顔を見て、又次郎は思い出した。女は角蔵の娘――自分の屋敷に奉公しているお島の妹のお蝶であった。又次郎は父の供をして、先年もこの羽田へ来たことがあるので、お蝶の顔を見おぼえていた。
「お蝶か。お前の親父もおふくろも、たった今わたしの宿へたずねてきた。」
「そうでございましたか。」
ここまではひと通りの挨拶であったが、彼女《かれ》はたちまちに血相《けっそう》をかえて飛び付くように近寄って来て、主
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