という遠慮から、夫婦はいいほどに話を打切って帰り支度にかかった。
「いずれ又うかがいます。旦那さまにもよろしく……。」
「むむ。逗留中は又来てくれ。」
 たがいに挨拶して別れようとする時に、表はにわかに騒がしくなった。ここの家の者共も皆ばらばらと表へかけ出した。
「鷲だ、鷲だ、鷲が三羽来た……。」と、口々に叫んだ。
「なに、鷲が三羽……。」
 又次郎もにわかに緊張した心持になって、空をあおぎながら表へ駈け出した。角蔵夫婦もそのあとに続いた。

     四

 表へ出ると、そこにもここにも土地の者、往来の者がたたずんで、青々と晴れ渡った海の空をながめていた。鉄砲方の者も奔走していた。
 この混雑のなかを駈けぬけて、又次郎はまず海端《うみばた》の方角へ急いで行くと、途中で久助に逢った。
「どうした、鷲は……。」
「いけねえ。いけません。三羽ながらみんな逃げてしまいました。」
「また逃がしたのか。」と、又次郎は思わず歯を噛んだ。「して、お父さまは……。」
「さあ。わたくしも探しているので……。確かにこっちの方だと思ったが……。」
 彼もよほど亢奮《こうふん》しているらしい。眼の前に立ってい
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