いくらお前が受合っても、相手は空飛ぶ鳥……。」と、お松は再び不安らしい溜息をついた。
「今もいう通り、組内でもいろいろの噂をしているので、もし仕損じるようなことがあったら、人に顔向けも出来ないので……。」
 尾白の鷲は上総の山から海を越えて来るともいい、あるいは甲州の方角から来るともいう。いずれにしても、これほどの大きい鳥はかつて見たことがないと、羽田附近の者も不思議がっている位である。おととしは十月の二十日の暮れがたに姿をあらわしたのを、鉄砲方の岩下重兵衛が撃ち損じた。去年は十一月の八日の真昼に姿をあらわしたのを、鉄砲方の深谷源七が撃ち損じた。それから二時《ふたとき》ほどの後に、鷲はふたたび海岸近く舞い下がって来たという注進《ちゅうしん》を聞いて、鉄砲方の矢崎伝蔵が直ぐに駈けつけたが、弾《たま》は左の羽を掠《かす》めただけで、これも撃ち洩らしてしまった。
 ことしの八月十五夜、組頭《くみがしら》の屋敷で月見の宴を開いたときに、席上でかの尾白の鷲の噂が出て、おととし撃ち損じた岩下も、去年撃ち損じた深谷と矢崎も、いささか面目をうしなった形で、しきりに残念がっていると、その席に列《つら》な
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