空の下に白く乱れてなびいていた。
この主従は七つ(午前四時)起きをして江戸の屋敷を出て、往きの片道を徒《かち》で歩いて、戻りを駕籠に乗るという世間なみの道中であるらしく、主人の女はもうかなりに疲れたらしい草履の足をひき摺っていた。下男はいわゆる中間《ちゅうげん》で、年のころは二十四、五の見るから逞《たく》ましそうな男ぶりであった。彼は型のごとくに一本の木刀をさして、何かの小さい風呂敷づつみを持って、素足に草鞋をはいていた。
「お疲れでござりましょう。万年屋でひと休み致してまいればよろしゅうござりました。」と、彼は主人をいたわるように言った。
「御参詣も済まないうちに休息などしていては悪い。御参詣を済ませてから、ゆるゆると休みましょう。」
女はわざと疲れた風を見せないようにして、先に立って大師の表門をくぐると、前にもいう通りきょうは九月の縁日にあたるので、江戸や近在の参詣人が群集して、門内の石だたみの道には参下向《まいりげこう》の袖《そで》と珠数《じゅず》とが摺れ合うほどであった。女も手首に小さい珠数をかけていた。
その人ごみのあいだを抜けて行くうちに、女はふと何物をか見付けたよう
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