を投げ与えたままで、ろくろくに見返りもせずに通り過ぎてしまったのであるから、老婆が喜んだか怒ったか、あるいは銭を投げられると共に消え失せてしまったか、それらの事は見届けなかったと彼は言った。
堀口が声をかけて立寄ると、老婆のすがたは消え失せた。最初の神南は係り合わずに通り過ぎた。十三番目の森積は銭をなげて通った。いずれにしても、この雪のふる宵に、ひとりの老婆が路ばたに坐っていたのは事実である。それが第一におかしいではないかと、一座の人々も言い出した。織衛のせがれ余一郎は念のために見届けに行って来ようかと起ちかかるのを、父は制した。
「まあ、待て。わざわざ見届けに行くほどのこともあるまい。まだ後から誰か来るだろう。」
高原の屋敷へ来る者はかならずその道を通るとは限らない。前にいった新五番町や濠端一番町方面に住んでいる者が、近道を取るために通りぬけるのであるから、神南、堀口、森積の三人以外に、誰がその道を通るかと数えると、同じ方向から来る者のうちに石川房之丞があった。
「石川もやがて来るだろうから、その話を聞いた上のことだ。」と、織衛は言った。
そのうちに他の人々もおいおいに集まって
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