へ悔みに[#「悔みに」は底本では「侮みに」]ゆくことにした。灯ともし頃から小降りにはなったが、それでも細かい雪がしずかに降っていた。今夜も風のない夜であった。
 三町目谷の坂下へ来かかると、麹町通りの方から雪を蹴るようにして足早に降りて来る人々があった。かれらは無提灯であったが、近寄るにしたがって織衛の提灯の火に照らし出されたのは、石川房之丞の父の房八郎と、その弟子の矢上鉄之助であった。二人ともに合羽をきて、袴の股立《ももだ》ちを取って、草鞋をはいていた。房八郎は去年から伜に番入りをさせて、自分は隠居の身となったが、ふだんから丈夫な質《たち》であるので、今でも大勢の若い者を集めて弓術の指南をしている。ゆうべの一条について、彼は自分の責任としても伜のゆくえを早く探し出さなければならないというので、弟子の矢上を連れて早朝から心当りを隈なく尋ねて歩いたが、どこにも房之丞の立廻ったらしい形跡を見いだすことが出来ないで、唯今むなしく帰って来たところであった。
「卑怯な伜め。未練に逃げ隠れて親の顔にも泥を塗る、にくい奴でござる。」と、房八郎は嘆息した。
 かれは見あたり次第に伜を引っ捕えて、詰腹を
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