ほどの元気がなかった。それは武士たるものがかの妖婆に悩まされたということが、なにぶん面目ないのであろうと一座の者にも察せられた。
果して彼はひと足さきへ帰ると言い出した。
「御主人、今晩はいろいろ御厄介になりました。」
挨拶して起とうとする彼を、堀口はひき止めた。
「まあ、待てよ。どうせ同じ道じゃないか。一緒に帰るからもう少し話して行けよ。」
「いや、帰る。なんだか、風邪でも引いたようでぞくぞくするから。」
「ひとりで帰ると、又鬼婆にいじめられるぞ。」と、堀口は笑った。
石川は無言で袂を払って起った。
三
一座の話は四つ半頃(午後十一時)まで続いた。歌留多会は近日さらに催すということにして、二十人余りの若侍は主人に暇を告げて、どやどやと表へ出ると、更けるに連れて、雪はいよいよ激しくなった。思いのほかに風はなくて、細かい雪が静かに降りしきっているのであった。
「こりゃ、積もるぞ。あしたは止んでくれればいいが……。」
こんなことを言いながら、人々は門前で思い思いに別れた。神南佐太郎、堀口弥三郎、森積嘉兵衛、この三人はおなじ方角へ帰るのであるから、連れ立って鬼婆横町を
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