っきから待ちかねていた伜の余一郎は思い切って起ち上がった。
「お父さん、やっぱり私が行って見て来ましょう。」
「では、おれが案内する。」と、神南と堀口も起った。
まだほかにも五、六人起ちかかったが、夜中に大勢がどやどやと押出すのは、世間騒がせであるという主人の意見から、余一郎と神南と堀口の三人だけが出てゆくことになった。
むかしの俳句に「綱が立って綱が噂の雨夜哉」というのがある。渡辺綱が羅生門と行きむかったあとで、綱は今頃どうしているだろうという噂の出るのは当然である。この席でもやはり、三人の噂をしているうちに、雪の夜はおいおいに更けた。余一郎らは張合い抜けのしたような顔をして引揚げて来て、屋敷から横町までの間には何物もみえなかった、横町は念のために二度も往復したが、そこにも犬ころ一匹の影さえ見いだされなかったと報告した。
「そうだろうな。」と、織衛はうなずいた。
そんなことに邪魔をされて、今夜の歌留多会はとうとうお流れになってしまった。夕方から用意してあった五目鮨がそこに持ち出され、人々は鮨を食って茶を飲んで、四つ頃(午後十時)まで雑談に耽っていたが、そのあいだにも石川はいつも
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