この辺はほとんどみな大名屋敷か旗本屋敷、ことに旗本屋敷の多かったことをも断って置かなければならない。なぜならば、この物語は江戸時代の嘉永四年正月に始まるからである。
この年の正月は十四日から十七日まで四日間の雪を見た。勿論、そのあいだに多少の休みはあったが、ともかく四日も降りつづいたのは珍らしいといわれて、故老の話し草にも残っている。その二日目の十五日の夜に、麹町谷町の北側、すなわち今日の下二番町の高原織衛という旗本の屋敷で、歌留多《カルタ》の会が催された。あつまって来た若侍は二十人余りであったが、そのなかで八番目に来た堀口弥三郎は、自分よりもひと足さきに来ている神南佐太郎に訊いた。
「おい、神南。貴公は鬼ばばで何か見なかったか。」
「鬼ばばで……。」と、神南は少し考えていたが、やがてうなずいた。「うむ、道ばたに婆が坐っていたようだったが……。」
「それからどうした。」
「どえするものか、黙って通って来た。」と、神南は事もなげに答えた。
十三番目に森積嘉兵衛が来た。その顔をみると堀口はまた訊いた。
「貴公は鬼ばばで何か見なかったか。」
「あの横町に婆が坐っていた。」
「それからど
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