妖怪漫談
岡本綺堂

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)猟《あさ》って

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   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「虫+(冉の4画目左右に突き出る)」、339−4]
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 このごろ少しく調べることがあって、支那の怪談本――といっても、支那の小説あるいは筆記のたぐいは総てみな怪談本といっても好いのであるが――を猟《あさ》ってみると、遠くは『今昔物語』、『宇治拾遺物語』の類から、更に下って江戸の著作にあらわれている我国の怪談というものは、大抵は支那から輸入されている。それは勿論、誰でも知っていることで、私自身も今はじめて発見したわけでもないが、読めば読むほどなるほどそうだということがつくづく感じられる。
 わたしは支那の書物を多く読んでいない。支那文学研究者の眼から看《み》たらば、殆《ほとん》ど子供に等しいものであろう。その私ですらもこれだけの発見をするのであるから、専門の研究者に聞いてみたらば、我国古来の怪談はことごとく支那から輸入されたもので、我が創作は殆どないということになるかも知れない。
 時代の関係上、鎌倉時代の産物たる『今昔物語』その他は、主として漢魏、六朝、唐、宋の怪談で、かの『捜神記』、『酉陽雑爼《ゆうようざっそ》』、『宣室志』、『夷堅志』、などの系統である。室町時代から江戸時代の初期になると、元明の怪談や伝説が輸入されて元の『輟耕録《てつこうろく》』や、明の『剪灯新話《せんとうしんわ》』などの系統が時を得て来たのである。清朝の書物はあまりに輸入されなかったが、あるいは時代の関係からか、康煕乾隆嘉慶にわたって沢山の著書があらわれているにもかかわらず、江戸時代の怪談にはかの『聊斎志異《りょうさいしい》』を始めとして、『池北偶談』や『子不語』や『閲微草堂筆記』などの系統を引いているものは殆ど見られないようである。大体に於て、わが国の怪談は六朝、唐、五代、宋、金、元、明の輸入品であるといって好かろう。
 そこで、いやしくも著作をするほどの人は、支那の書物も読めたであろうが、かの伝説のごときは誰が語り伝えて世に拡《ひろ》めたものか。交通の多い港のような土地には、支那に往来した人も住んでいたであろうし、または来舶の支那人から直接に聞かされたのもあろうが、交通の不便な山村僻地にまでも支那の怪談が行き渡って、そこに種々の伝説を作り出したということは、今から考えると不思議のようでもあるが、事実はどうにも枉《ま》げられないのである。
 支那では神仙怪異の事という。しかもその神仙のうちで、仙人の話はあまり我国に行われていない。勿論、仙人という言葉もあり、またその事実も伝えられてはいるが、その類例は甚だ少い。仙人はわが国に多く歓迎されなかったと見える。仙人を羨むなどという考えはなかったらしい。支那で最も多いのは、幽鬼、寃鬼《えんき》即ち人間の幽霊であるが、我国でも人間の幽霊話が最も多いようである。同じ幽霊でも幽鬼は種々の意味でこの世に迷って出るのであるが、寃鬼は何かの恨があって出るに決まっている。わが国には幽鬼も寃鬼も多い。それは支那と同様である。
 我国では死人に魔がさして踊り出すとかいって、専らそれを猫の仕業と認めている。支那にも同様の伝説があるがまた別に僵尸《きょうし》とか走尸《そうし》とかいうものがある。これは死人が棺を破って暴れ出して、むやみに人を追うのであるが、さのみ珍しくない事とみえて、こういう話がしばしば伝えられている。年を経た死体には長い毛が生えているなどという。我国にはこんな怪談はあまり聞かないようである。
 幽霊に次いで最も多いのは狐の怪である。支那では狐というものを人間と獣類との中間に位する動物と認めているらしい。従って、狐は人間に化けるどころか、修煉《しゅうれん》に因《よっ》ては仙人ともなり、あるいは天狐などというものにもなり得ることになっている。我国では葛の葉狐などが珍しそうに伝えられているが、あんな話は支那には無数というほどに沢山あって、勿論支那から輸入されたものである。狐に次いではやはり蛇の怪が多い。我国では蛇が女に化けたというのが多く、そうして何か執念深いような話に作られている。支那でもかの『西湖佳話《せいこかわ》』のうちにある雷峰怪蹟の蛇妖のごときは、上田秋成の『雨月物語』に飜案された通りであるが、比較的に妖麗な女に化けるというのは少い。その多くは老人か、偉丈夫に化けて来るのであって、寧《むし》ろ男性的である。そうして、その正体は蛇蟒《だもう》とか、※[#「虫+(冉の4画目左右に突き出る)」、339−4]蛇《ぜんだ》とかいうような巨大な物となって現れるのである。我国で
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