第千三百十号の紙上に、その記事が掲載されていた。その頃の雑報には標題がないので、ぶっ付けにこう書いてあった。
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◎鯛を料理 鯉を割きて宝物や書翰を得るは稗史《はいし》野乗《やじよう》の核子《かくし》なれど茲《ここ》に築地の土佐堀は小鯔《いな》の多く捕れる処ゆゑ一昨夜も雨上りに北鞘町の大工喜三郎が築地橋の側の処にて漁上《とりあ》げたのは大鯔にて直ぐに寿美屋の料理番が七十五銭に買求め昨朝庖丁した処腹の中から○之助様ふでよりと記した上封《うわふう》じが出たといふがモウ一字知れたら艶原稿の続きものにでもなりさうな話。
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 これでS君の話の嘘でないことが証拠立てられた。それと同時に、かのお筆という女のゆく末が知りたくなったが、何分にも今から四十年以上の昔のことであるから、その筋の本職の人ならば知らず、われわれ素人にはとうてい探索の方法を見いだし得られそうもない。



底本:「蜘蛛の夢」光文社文庫、光文社
   1990(平成2)年4月20日初版1刷発行
初出:「文藝倶楽部」
   1925(大正14)年8月
入力:門田裕志、小林繁雄
校正:花田泰治
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