にもいかないのであるが、そんな取持ちをしたというだけでも、彼女は良家の家庭に歓迎されるべき資格をうしなっていた。可愛い娘に別れてややヒステリックになっている溝口の細君は、お筆を放逐《ほうちく》してくれと夫に迫った。
「あんな女を家へ入れた為にお蝶も死ぬようになったのです。一日も早く逐《お》い出してください。」
それがお筆の耳にもひびいたとみえて、彼女は自分の方から身をひきたいと申し出た。しかし何処かに奉公口を見つけるまでは、どうかここの家に置いてくれというのである。それは無理のないことでもあり、今さら残酷に逐い出すにも忍びないので、溝口も承知してそのままにして置くと、お筆は矢田の母のところへ行って、どこにか相当の奉公口はあるまいかと相談したが、彼女を憎んでいるお銀は相手にならなかった。お筆はさらに近所の雇人|請宿《うけやど》へ頼みに行ったが、右から左には思わしい奉公口も見いだせないらしく、二月の末まで溝口家にとどまっていた。
「お筆さんもずうずうしい。まだ平気でいるんですかねえ。」
細君が夫にむかって彼女の放逐をうながす声がだんだんに高くなるので、お筆も居たたまれなくなったらしく、
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