えず、この処置をどうしたら好いかと、お銀も思案にあぐんだのであった。
 その晩、友之助の帰るのを待ちかねて、お銀は早々にその詮議をすると、友之助もお蝶と関係のあることを白状した。それならば、なぜお筆との縁談を承知したかと詰問《きつもん》すると、友之助の返事は甚だあいまいであった。かれは母にきびしく追求されて、とうとうこんなことまで白状に及んだ。
「実はわたしは最初からお筆さんの方が好いと思っていたのです。それでこの八月ごろ内証でお筆さんに話してみたところが、お筆さんの言うには、折角の思召《おぼしめ》しだがその御返事は出来ない。あなたは御存じあるまいが、家《うち》のお蝶さんがふだんからあなたを思っている。それを知りつつわたくしがあなたと夫婦になられる訳のものではない。嘘だと思うならば、二、三日のうちにお蝶さんを連れて来て逢わせるというのです。それから二日目の夕方にお筆さんがそっと来て、今晩お蝶さんと二人で招魂社《しょうこんしゃ》の馬場へ涼みに行くから、あなたもあとから来てくれというので、私もついふらふらとその気になって招魂社まで出かけて行きました。」
 お蝶と友之助との関係がお筆の取持ちであることを知って、お銀は又おどろいた。おとなしそうな顔をしていながらお筆という女も随分の大胆者であると、むかし気質《かたぎ》のお銀は腹立たしくもなった。それと同時に、すでにお蝶との関係が成り立っていながら、出来るものならば牛を馬に乗りかえて更にお筆と結婚しようとする、わが子の手前勝手をも憎まずにはいられなかった。
「今のわかい人たちにも困るね。」
 こう言って、お銀は又もや嘆息するのほかはなかった。友之助もなんだか詰まらないような顔をして、自分の居間兼座敷にしている六畳の部屋へ起って行った。かれは置きランプの心《しん》をかき立てて、机の上でなにか長い手紙のようなものを書いているらしかった。

     三

 お銀はその夜はおちおちと眠られなかった。あくる朝、再びせがれを自分の前によび付けて、この解決をどうするつもりかと詰問すると、友之助はただ恐れ入っているらしく、別にはかばかしい返事もしなかった。しかし昔気質のお銀としては、ひとの娘をきず物にして唯そのまま済むわけのものではないと思った。殊に自分がそれを知った以上、なおさら捨てて置くわけにはいかない。ともかくも溝口の奥さんに逢って、
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