も舞台で倒れたという。林之助は近頃彼女のところへちっとも寄り付かなかった自分の不実らしい仕向けかたを悔まずにはいられなかった。無論、屋敷の御用も忙がしかった。友達のつきあいもあった。しかし無理に遣《や》り繰《く》ればどうにか間《ひま》のぬすめないこともなかった。
 ひとにむかって何と上手に言い訳をしようとも、自分の心にむかっては立派に言い訳することができないような、うしろ暗い自分の行ないを林之助は自分で咎めた。
 誰に水をさされたのか知らないが、お絹が飛んでもない疑いや妬みに心を狂わせるというのも、つまりは自分が無沙汰をかさねた結果である。世間には病気の女房をもっている夫もある。大あばたの女と仲よくしている男もある。うす気味の悪い蛇の眼を自分ばかりが恐れて嫌うのは間違っている。これからはまず自分の心を持ち直して、お絹のみだれ心を鎮める工夫をしなければならない。自分と、お絹と、蛇と、この三つは引き離すことの出来ない因果であると悟らなければならない。そうは思いきわめながらも、林之助がまつげの塵《ちり》ともいうべきは、かのお里の初々《ういうい》しいおとなしやかな顔かたちであった。それがなんと
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