身の上話をしみじみと聞かされて、もううっかりと詰まらない冗談も言えないような気になって、林之助もおのずと真面目な話し相手にならなければならなくなった。
 二人の話し声はだんだんに沈んでいった。問われるに従ってお里はいろいろのことを打ち明けた。七年前に死んだ兄のほかには、ほとんど頼もしい身寄りもないと言った。不二屋のおかみさんも遠縁とはいえ、立ち入って面倒を見てくれるほどの親身《しんみ》の仲でもないと言った。母は賃仕事《ちんしごと》などをしていたが、それも病身で近頃はやめていると言った。お里の話は気の弱い林之助の胸に沁みるような悲しい頼りないことばかりであった。
 林之助は自分とならんでゆくお里の姿を今更のように見返った。紅《あか》いきれをかけた大きい島田|髷《まげ》が重そうに彼女の頭をおさえて、ふさふさした前髪にはさまれた鼈甲《べっこう》の櫛やかんざしが夜露に白く光っていた。白地の浴衣《ゆかた》に、この頃はやる麻の葉絞りの紅い帯は、十八の娘をいよいよ初々《ういうい》しく見せた。林之助はもう一度お絹とくらべて考えた。お里はとかく俯向き勝ちに歩いているので、その白い横顔を覗くだけでは何とな
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