《しろがね》を溶かしたように白くかがやきながら流れていた。長い橋の上には、雪駄《せった》の音もしないほどに夜露がしっとり[#「しっとり」に傍点]と冷たく降りていた。林之助はそのしめった夜露を踏んで急ぎ足に橋を渡って行った。
「門番のじじいにまた忌《いや》な顔をされるのか」
そんなことを考えながら林之助は広小路へ出ると、列び茶屋でももう提灯をおろし始めたとみえて、どこの店でも床几を片づけていた。玉蜀黍《とうもろこし》や西瓜や枝豆の殻《から》が散らかっているなかを野良犬がうろうろさまよっていた。
「今晩は。今お帰りでございますか」
自分の前をゆく若い女がふと振りむいて丁寧に挨拶したので、林之助も足を停めてよく見ると、女は不二屋のお里であった。
「やあ、今晩は。里《さあ》ちゃんの家《うち》はこっちへ行くの」
「ええ、外神田で……」
向柳原へ帰る男と外神田へ帰る女とは、途中まで肩をならべて歩いた。お絹から思いもよらない疑いを受けている林之助は、こうして夜ふけにお里と繋がって歩いていることが何だか疚《やま》しいように思われてならなかった。しかし先方から馴れなれしく近寄って来るものを、まさか
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