の枕許へ導いた。お絹は半分死んだようになってうとうとと眠っていた。その寝顔には、このあいだ見たよりも更にげっそりと痩せが見えて、こめかみ[#「こめかみ」に傍点]の骨があらわになっているのも悼ましい病苦の姿をまざまざと描いているので、林之助は思わずほろり[#「ほろり」に傍点]となった。彼はお君にむかって病人の容体をきくと、やはり豊吉の話の通りであった。お絹はときどきに熱が昇って肋骨《あばら》が痛む、それがひどく切なさそうだとのことであった。
「君ちゃん」
 林之助は小声で彼女を呼んで、次の間の長火鉢の前へ行った。
「それで、お医者はなんと言っているね」
「お医者さまはよっぽど大事にしなけりゃいけないと言っているんです」と、お君は眼をうるませていた。
「そうかい」
 林之助は指さきで眼がしらを撫でると、お君はもうしくしく[#「しくしく」に傍点]と泣いていた。
「楽屋の者も看病に来てくれるかい。お花もお若も……」
 みんな出掛けに一度ずつは見舞いに来てくれるが、親身《しんみ》に看病してゆく者もないと、お君は頼りなげに言った。それでも豊吉はゆうべ来て、四つ少し前までいてくれたと話した。世間にはうわべばかりの親切が多いと、林之助はつくづく思った。しかし振り返ってみると、自分もその仲間ではないかとも危ぶまれた。彼は自分で自分の不人情を責めた。
「わたしは主人持ちで、思うように看病にも来ていられないからね。気の毒だけれども、姐《ねえ》さんの世話はお前ひとりに頼むよ。もし急に模様でも変るようなことがあったら、豊吉にたのんで私のところへ報《しら》せをよこしておくれ。豊吉はわたしの屋敷を知っているから」と、林之助はお君にささやいた。
 お君は目を拭きながらうなずいた。そうして、姐さんを起しましょうかと訊いた。
「いや、折角よく寝ているものを無理に起さない方がいい」
 二人は黙って火鉢の前に坐っていた。
 そのうちにお君は薬鍋を持ち出して来て、火鉢の上で煎じはじめた。林之助は黙って煙草をのみながら、渋団扇で火を煽いでいるお君の小さい手さきを唯ぼんやりと眺めていた。やがて鍋の蓋がごとごと[#「ごとごと」に傍点]おどると、強い匂いを含んだ薬のけむりが靡《なび》くように林之助の袖に白く流れた。お里の家にもこんな匂いが漂《ただよ》っているか、それとも線香のけむりが舞っているかと思うと、どっちを向
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