らもとどこおりなく行き渡って、今夜ここでお絹と膝を突きあわせるまで手順よく運んだのである。彼はかなりに飲める口とみえて、二人の女を向うへまわして頻りに杯をはやらせていた。
男振りもまんざらではない、道楽者だけに容子《ようす》も野暮ではない。お花が頻りに褒めちぎっているのも、あながちに欲心からばかりでもないことをお絹も承知していた。彼女が今夜ここへ呼ばれて来たのも幾分か浮いた心も伴っていないでもなかった。どうで林之助とは添い通せる仲ではない。殊に男は不二屋のお里の方へとかく引き付けられるようになっている。自分だけが人知れずに苦労しているよりは、ちっとは面白く浮かれて見るもいいと、自棄《やけ》も手伝った気まぐれから、今夜すなおにお花に誘い出されたのであった。しかし来てみると、やはり面白くないことが多かった。
第一には、この家《うち》の女中たちの素振りが面白くなかった。かれらは自分の素姓を薄々知っているらしく、口へ出してこそ何とも言わないが、蛇つかいの女をさげすむような、忌《い》み嫌うような気色をありありと見せていた。自分の商売の立派なものでないことは、お絹自身もむろん承知しているので、彼女も人にむかって、おのれの身分を誇ろうとは思っていなかった。しかし、かれらからさげすむような素振りを眼《ま》のあたりに見せつけられると、お絹は堪忍ができなかった。かれらとても大名|高家《こうけ》のお姫さまではない。多寡が茶屋小屋の女中ではないか。その女中|風情《ふぜい》に卑しめられるのは如何にも口惜しいと、彼女の癇癪はむらむら[#「むらむら」に傍点]と起った。
それから更に面白くないのは千次郎の態度であった。なるほど道楽者だけに話も面白い。すべての取りまわしも野暮《やぼ》ではない。しかしその野暮でないのをひけらかすような処に、お絹には堪まらないほど不快の点が多かった。しょせん彼の胸には、色の恋のと名づけられるような可愛らしいものを持っているのではない。単に一種の変り物を賞翫《しょうがん》するような心持ちで自分をもてあそぼうというに過ぎないことも、お絹にはよく見透かされた。
女中たちに対する不平と、千次郎に対する不快と、この二つがお絹を駆ってしたたかに酒を飲ませた。彼女は大蛇《おろち》のように息もつかずに飲んだ。そばに観ているお花は、だんだんに蒼ざめてゆく彼女の顔色に少しく不安を懐
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