とまで残らずしゃべり尽くしてしまったお此は、もうこの上はおそろしい蛇を頸《くび》に巻き付けられても、なんにも口から吐き出す材料はなかった。
「後生《ごしょう》ですからもう堪忍して下さい。まったく何んにも知らないんですから」と、お此は手を合わせないばかりにして、自分に詐《いつわ》りのないことを訴えた。
「もういいでしょうよ。姐さん」
お花も見かねて取りなし顔に言った。自分が先き立ちになってお此を責めたのではあるが、蛇責めのむごい拷問《ごうもん》には彼女もさすがに驚かされた。
罪のないお此をそれほどに窘《いじ》めるのも可哀そうだと思ったので、お花も仕舞いには却ってお絹をなだめる役にまわったのである。
「あんまり窘めて済まなかったね。こりゃあお菓子の代だよ」
二朱《にしゅ》の銀《かね》をお絹から貰って、お此は又おどろいた。お絹は剰銭《つり》はいらないと言った。
「その代りにお前さんにことづけを頼みたいんだがね。不二屋のお里に逢ったらば、これから林さんをいっさい寄せ付けないようにしてくれと、そう言っておくれ。いいかい。よく忘れないようにお里に言っておくれよ。もしこののちも相変らず不二屋に林さんの姿を見掛けるようなことがあると……」
青い蛇の首がお絹の袂の下から出た。
「あたしはこれを持ってお里のところへお礼に行くからね」
「姐さんばかりじゃない。あたし達も加勢に行くよ」と、お花も一緒になって嚇した。
嚇されてお此はまた縮みあがった。
「冗談じゃあない、本当にこれでお里の頸を絞めてやるから」と、お絹の白い手のさきには蛇の頭が気味悪くうごめいていた。
お此は二朱の銀を頂いて早々に逃げて帰った。
七
「まあ、誰から来たんだろうね」
大きい鮓《すし》の皿を取りまいて、楽屋じゅうの者が眼を見あわせていた。お此が嚇されて帰ったあとへ、木戸番の又蔵《またぞう》が鮓屋の出前持ちと一緒に楽屋へはいって来て、お絹さんへといってその鮓の皿を置いて行った。
「誰が呉れたの」と、お花が訊いた。
「あとで判りやす」
又蔵は笑いながら行ってしまった。お遣い物の主《ぬし》は結局判らなかった。しかし、こんなことはさのみ珍しくもないので、みんなは今まで駄菓子をさんざん噛《かじ》った口へ、さらに鮪《まぐろ》やこはだ[#「こはだ」に傍点]や海苔巻を遠慮なしに押し込んだ。お絹も無理に勧
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