て、お里の店の様子を絶えず探らせようとしていた。
今も夢うつつでその事ばかりを考えていた。もう少し涼しくなると、彼女は鱗形《うろこがた》の銀紙を貼り付けた紅《あか》い振袖を着て、芝居で見る清姫《きよひめ》のような姿になって、舞台で蛇を使うことがある。自分が丁度その姿で男を追い掛けてゆくと、両国の川が日高川《ひだかがわ》になって、自分が蛇になって泳いでゆく。そんな姿がまぼろしのように彼女の眼の前に現われた。と思うと、自分の可愛がっている青い蛇が忽ち一丈あまりの大蛇《だいじゃ》になって、林之助とお里の二人を巻き殺そうとしている。男と女は悲鳴をあげて苦しみもがいている。そんなおそろしい景色が覗きからくり[#「からくり」に傍点]の絵のように彼女の眼の前に展開された。そのからくりの絵はまた変って、林之助と自分とが日傘をさして、のどかな春の日の両国橋を睦まじそうに手をひかれて渡ってゆく……。
それが悲しいか、怖ろしいか、気味がいいか、嬉しいか、お絹もそれをはっきりと意識するには、頭が余りにぼんやりしていた。
「もう一度お茶を飲みませんか」と、お君が声をかけた。
お絹は又もや微かにうなずいた。薬を飲まされて、あたりが少し明かるくなったように思われた。彼女は肱《ひじ》をついて試みに起き直ったが、もう眩暈《めまい》がするようなことはなかった。さっきは舞台で蛇を頸《くび》に巻いていると、その蛇がだんだんに強く絞め付けて来るように思われて、しだいに眼がくらんで気が遠くなった。それから楽屋へ運び込まれるまで、彼女はなんにも知らなかったのである。多年可愛がって使い馴らしている蛇が自分を絞める筈がない。まったく暑気あたりで眼が眩《くら》んだものだと、お絹はその当時のありさまをおぼろげな記憶の中から呼び出した。
「もう何ともありませんか」と、お花も摺り寄って訊いた。
「もう大丈夫、みんなもびっくりしたろうね。堪忍しておくれよ」と、お絹は案外にはきはきした声で言った。
「歩いて帰れますか。駕籠でも呼んでもらいましょうか」と、お花はまた訊いた。
「そうねえ」
お絹は鳩尾《みずおち》をかかえるように俯向きながら考えていたが、ふと何物かがその眼先きをひらめいて過ぎたように、きっと顔をあげた。
「なに、もういいだろう。あたし、あるいて帰るよ。すぐそこだもの」
酔いざめの人のように、まだ何となくふ
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