しく霧の深い夜で、林之助は暗い海の底を泳いでゆくように感じた。

 十三夜も過ぎた。十五日は神田祭りで賑わった。
 林之助はお里と一緒に祭りを見物した。彼の大小はお里の着物や帯と入れ替えにして、無事に質屋の庫《くら》から請け出されていた。お里の顔には母をうしなった悲しみの色がもうぬぐわれていた。林之助の胸には、お絹をうしなった愁いの雲が吹きやられていた。二人に取っては楽しい祭りの夜であった。
 祭りに騒ぎ疲れた人たちは、さらに新しい騒ぎの種を発見して驚き騒いだ。
 祭りのあくる朝、お里の家がいつまでも戸をあけないのを不思議に思って、近所の者が戸をこじあけて窺うと、お里の寝すがたは階下《した》の六畳に見えなかった。彼女は二階に若い男と枕をならべたままで死んでいた。ふたりの頸《くび》には青い蛇が絞め付けるように固くまき付いていた。
 それと同じ日に、両国の秋の水にお君の小さい死骸が浮きあがった。彼女もふところに一匹の青い蛇を抱いていた。



底本:「江戸情話集」光文社時代小説文庫、光文社
   1993(平成5)年12月20日初版1刷発行
入力:tatsuki
校正:かとうかおり
2000年6月16日公開
2008年10月4日修正
青空文庫作成ファイル:
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