かとも考えていたのであるが、そのお里の母は死んで、彼女はかねて口癖のように果敢《はか》なんでいる悲しい頼りない身の上にいよいよ沈んでしまった。それを今さら無慈悲に突き放すことが出来るだろうか、お里が素直に承知するだろうか。おとなしい彼女は泣く泣く承知するかも知れないが、そんな弱い者いじめをして仁科林之助、江戸っ子でござると威張っていられるだろうか。林之助は眼にみえないきずながお絹の蛇以上に自分を絞め付けていることをつくづく覚った。
 そんなことを思い悩んで、林之助は今夜も眠られなかった。夜があけると、今朝も拭ったような秋晴れで、となり屋敷の大銀杏の葉が朝日の前に金色《こんじき》にかがやいていた。高い空には無数の渡り鳥が群れて通った。その青空をみあげているうちに、林之助の頭はまた新しくなった。
 ゆうべは一途《いちず》にお絹を憎んでいたが、罪はやはり自分にある。こうした関係をいつまでも繋いでいたら、お絹もお里も自分もますます深い苦しみの底へ沈んでゆくばかりである。気を弱く持っていては果てしがない。どうしてもここでお里に因果をふくめて赤の他人になるよりほかはない。無慈悲のようでもいっそ一日も早い方がいい、一寸《いっすん》逃がれに日を延ばしてゆくほどいよいよ二進《にっち》も三進《さっち》もいかないことになる。
 彼女はお里の母の初七日《しょなのか》でも済んだ頃にもう一度その家へたずねて行って、おだやかに別れ話をきめようと思った。自分はそれほど無慈悲な男でもないが、こうなったらどうも仕方がないと、林之助は悲しく諦めた。こうした諦めを付けるまでには、彼の眼からは男らしくもない涙が幾たびかにじんだ。
 その日は御用があって、林之助はどこへも出られなかった。きょうもきっと来てくれとお君に口説かれたことを思いながらも、彼はどうすることも出来なかった。彼はお絹の怨みを恐れながらも、とうとう両国橋を渡る機会がなかった。あくる日もまた忙がしかった。彼は白金や渋谷の果てまで使いにやられた。この頃は意地の悪いように屋敷の用があるので、彼はすこし焦《じ》れったくなって来た。なるほどお絹のいう通り、屋敷奉公をやめた方が気楽かも知れないと思うこともあった。
 しかし林之助は大小を捨てて町人になろうとは思わなかった。お絹の縁に引かれながらも、手ぶらでいつまでも彼女の厄介になっていたくもなかった。屋敷
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