をかけた刀屋の店先に足をとめて、内をちょっと覗いているようであったが、又すたすたと歩き出して、東側の横町へ切れて行った。
「つまらない。もうよそう。」と、西岡は思った。
 それがほんとうの妹であるか無いかは、家へ帰ってみれば判ることである。夏の日が長いといっても、もうだんだんに暮れかかって来るのに、いつまで若い女のあとを追ってゆくでもあるまい。物好きにも程があると、自分で自分を笑いながら西岡は爪先《つまさき》の方向をかえた。
 江戸川端の屋敷へ帰り着いても、日はまだ暮れ切っていなかった。庭のあき地に植えてある唐もろこしの葉が夕風に青くなびいているのが、杉の生垣《いけがき》のあいだから涼しそうにみえた。中間の佐助はそこらに水を打っていたが、くぐり戸をはいって来た主人の顔をみて会釈《えしゃく》した。
「お帰りなさいまし。」
「お福は内にいるか。」と、西岡はすぐに訊いた。
「はい。」
 それではやはり人ちがいであったかと思いながら、西岡は何げなく内へ通ると、台所で下女の手伝いをしていたらしいお福は、襷をはずしながら出て来て挨拶した。毎日見馴れている妹ではあるが、兄は今更のようにその顔や形をじっと眺めると、さっき御成道で見かけたかの娘と不思議なほどに好く似ていた。やがて湯が沸いたので、西岡は行水《ぎょうずい》をつかって夕飯を食ったが、そのあいだもかの娘のことが何だか気になるので、下女にもそっと訊いてみたが、その返事はやはり同じことで、お福はどこへも出ないというのであった。
「では、どうしても他人の空似か。」
 西岡はもうその以上に詮議しようとはしなかった。その日はそれぎりで済んでしまったが、それから半月ほどの後に、西岡は青山百人町の組屋敷にいる者をたずねて、やはり夕七つ半(午後五時)を過ぎた頃にそこを出た。今と違って、そのころの青山は狐や狸の巣かと思われるような草深いところであったが、それでも善光寺門前には町家がある。西岡は今やその町家つづきの往来へ差しかかると、かれは俄かにぎょっとして立停まった。自分よりも五、六間さきに、妹と同じ娘があるいていたのであった。見れば見るほど、そのうしろ姿はお福とちっとも違わないのである。おなじ不思議をかさねて見せられて、西岡は単に他人の空似とばかりでは済まされなくなった。
 彼はどうしてもその正体を見定めなければならないような気になって、又
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