大小十六の寺院がある。私はまだその半分ぐらいしか尋ねていないので、詳しいことを語るわけには行かないが、いずれも由緒の古い寺々で、旧市内の寺院とはおのずからその趣を異《こと》にし、雑踏を嫌う私たちには好い散歩区域である。ただ、どこの寺でも鐘を撞《つ》かないのがさびしい。
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目黒には寺々あれど鐘鳴らず鐘は鳴らねど秋の日暮るる
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前にいった滝泉寺門前の料理屋角伊勢の庭内に、例の権八《ごんぱち》小紫《こむらさき》の比翼塚が残っていることは、江戸以来あまりにも有名である。近頃はここに花柳界も新しく開けたので、比翼塚に線香を供える者がますます多くなったらしい。さびしい目黒村の古塚の下に、久しく眠っていた恋人らの魂も、このごろの新市内の繁昌には少しく驚かされているかも知れない。
正覚寺にある政岡の墓地には、比翼塚ほどの参詣人《さんけいにん》を見ないようであるが、近年その寺内に裲襠《うちかけ》姿の大きい銅像が建立されて、人の注意を惹《ひ》くようになった。いうまでもなく、政岡というのは芝居の仮名で、本人は三沢初子である。初子の墓は仙台に
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