でしまったのです。」
親父とわたしとは顔を見合せてしばらく黙っていると、宿の亭主が口を出しました。
「じゃあ、その男のうしろには女の幽霊でも付いていたのかね。小児や犬がそんなに騒いだのをみると……。」
「それだからね。」と、重兵衛さんは子細らしく息をのみ込んだ。「おれも急にぞっとしたよ。いや、俺にはまったくなんにも見えなかった。弥七にも見えなかったそうだ。が、小児はふるえて怖がる。犬は気ちがいのようになって吠える。なにか変なことがあったに相違ない。」
「そりゃそうでしょう。大人に判らないことでも小児には判る。人間に判らないことでも他の動物には判るかも知れない。」と、親父は言いました。
私もそうだろうかと思いました。しかしかれらを恐れさせたのは、その旅人の背負っている重い罪の影か、あるいは殺された女の凄惨《ものすご》い姿か、確かには判断がつかない。どっちにしても、私はうしろが見られるような心持がして、だんだんに親父のそばへ寄って行った。丁度かの太吉という小児が父に取り付いたように……。
「今でもあの時のことを考えると、心持がよくありませんよ。」と、重兵衛さんはまた言いました。
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