を聞いたりしているうちに、杣の男が木曽の山奥にいたときの話をはじめました。
「あんな山奥にいたら、時々には怖ろしいことがありましたろうね。」と、年の若いわたしは一種の好奇心にそそられて訊きました。
「さあ。山奥だって格別に変りありませんよ。」と、かれは案外平気で答えました。「怖ろしいのは大あらしぐらいのものですよ。猟師はときどきに怪物《えてもの》にからかわれると言いますがね。」
「えてもの[#「えてもの」に傍点]とは何です。」
「なんだか判りません。まあ、猿の甲羅《こうら》を経たものだとか言いますが、誰も正体をみた者はありません。まあ、早くいうと、そこに一羽の鴨があるいている。はて珍らしいというのでそれを捕ろうとすると、鴨めは人を焦《じ》らすようについ[#「つい」に傍点]と逃げる。こっちは焦《あせ》ってまた追って行く。それが他のものには何にも見えないで、猟師は空《くう》を追って行くんです。その時にはほかの者が大きい声で、そらえてもの[#「えてもの」に傍点]だぞ、気をつけろと呶鳴ってやると、猟師もはじめて気がつくんです。最初から何《なん》にもいるのじゃないので、その猟師の眼にだけそんなも
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