を引っ張って帰れよう。」
「むむ、長居をするとかえってお邪魔だ。」
弥七は旅人に幾たびか礼をいって、早々に犬を追い立てて出た。と思うと、かれは小戻りをして重兵衛を表へ呼び出した。
「どうも不思議なことがある。」と、彼は重兵衛にささやいた。「今夜の客人は怪物じゃねえかしら。」
「馬鹿をいえ。えてもの[#「えてもの」に傍点]が酒やすしを振舞ってくれるものか。」と、重兵衛はあざ笑った。
「それもそうだが……。」と、弥七はまだ首をひねっていた。「おれ達の眼にはなんにも見えねえが、この黒めの眼には何かおかしい物が見えるんじゃねえかしら。こいつ、人間よりよっぽど利口な奴だからの。」
弥七のひいている熊のような黒犬がすぐれて利口なことは、重兵衛もふだんからよく知っていた。この春も大猿がこの小屋へうかがって来たのを、黒は焚火のそばに転がっていながらすぐにさとって追いかけて、とうとうかれを咬み殺したこともある。その黒が今夜の客にむかって激しく吠えかかるのは何か子細があるかも知れない。わが子がしきりにかの旅人を恐れていることも思い合されて、重兵衛もなんだかいやな心持になった。
「だって、あれがまさかに
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