を添えて持ち出した。彼は恐れるように始終無言であった。
「泊めてはくれないか。」
「お願いでございますから、どうぞお立退きを……。」と、彼は嘆願するように言った。
「詮議がきびしいか。」
「さきほども五、六人、お見廻りにお出でになりました。」
「そうか。」
 上野から来たか、千住から来たか、落武者捜索の手が案外に早く廻っているのに、治三郎はおどろかされた。ここの家で自分を追っ払おうというのも、それがためであると覚った。
「では、ほかへ行ってみよう。」
「どうぞお願い申します。」
 追い出すように送られて、治三郎は表へ出ると、雨はまだ降りつづいている。飯を食って休息して飢えと疲れはいささか救われたが、さて、これから何処へゆくか、彼は雨のなかに突っ立って思案した。
 捜索の手がもう廻っているようでは、ここらにうかうかしてはいられない。どこの家でも素直に隠まってくれそうもない。どうしたものかと考えながら、田圃路をたどって行くうちに、彼はふと思いついた。かの農家の横手には可なり広いあき地があって、そこに大きい物置小屋がある。あの小屋に忍んで一夜を明かそう。あしたになれば雨も止むであろう。捜索の
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