言葉は丁寧であるが、すこぶる冷淡な態度をみせられて、治三郎はやや意外に感じた。ここらに住むものは彰義隊の同情者で、上野から落ちて来たといえば、相当の世話をしてくれると思っていたのに、彼は情《すげ》なく断るのである。
「泊めることが出来なければ、少し休息させてくれ。」
「折角ですが、それも……。」と、彼はまた断った。
 たとい一泊を許されないにしても、暫時ここに休息して、一飯《いっぱん》の振舞にあずかって、それから踏み出そうと思っていたのであるが、それも断られて治三郎は腹立たしくなった。
「それもならないと言うのか。それなら雨戸を蹴破って斬り込むから、そう思え。」
 戦いに負けても、疲れていても、こちらは武装の武士である。それが眼を瞋《いか》らせて立ちはだかっているので、男も気怯《きおく》れがしたらしい。一旦引っ込んで何か相談している様子であったが、やがて渋々に雨戸をあけると、そこは広い土間になっていた。治三郎を内へ引入れると、彼はすぐに雨戸をしめた。家内の者はみな隠れてしまって、その男ひとりがそこに立っていた。
 治三郎は水を貰って飲んだ。それから飯を食わせてくれと頼むと、男は飯に梅干
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