うに考えられた。彼は又もやお七の夢を思い出した。

「お話はこれぎりです。」と、治三郎老人は言った。「その場を運よく逃れたので、今日《こんにち》までこうして無事に生きているわけです。雁鍋でお七の夢をみたのは、その日の午前《ひるまえ》に円乗寺へ墓まいりに行ったせいでしょう。前にもいう通り、なぜ其の時にお七の墓を見る気になったのか、それは自分にも判りません。又その夢が〈一話一言〉の通りであったのも、不思議といえば不思議です。私はそれまで確かに〈一話一言〉なぞを読んだことはなかったのです。箕輪の百姓家に隠れている時に、どうして二度目の夢をみたのか、それも判りません。まさかにお七の魂が鶏に宿って、わたしを救ってくれたわけでもありますまいが、なんだか因縁があるように思われないでも無いので、その後も時々にお七の墓まいりに行きます。夢は二度ぎりで、その後に一度も見たことはありません。」
[#地から2字上げ]昭和九年十月作「サンデー毎日」



底本:「鎧櫃の血」光文社文庫、光文社
   1988(昭和63)年5月20日初版1刷発行
   1988(昭和63)年5月30日2刷
入力:門田裕志、小林繁雄
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