覚悟で、彼はしっかりと大小を握りしめていた。娘はあわてて戸をしめて去った。
鶏の声が又きこえた。表に人の声もきこえた。
「物置はここだな。」
捜索隊が近づいたらしく、四、五人の足音がひびいた。家内を詮議して、更にこの物置小屋をあらために来たのであろう。治三郎は片唾《かたず》をのんで、窺っていた。
「さあ、戸をあけろ。」という声が又きこえた。
家内の娘が戸をあけると、二、三人が内をのぞいた。俵のかげから一羽の雌鶏《めんどり》がひらりと飛び出した。
「むむ、鶏か。」と、かれらは笑った。そうしてそのまま立去ってしまった。
治三郎はほっとした。頼朝の伏木隠れというのも恐らくこうであったろう。彼等は鶏の飛び出したのに油断して、碌々に小屋の奥を詮議せずに立去ったらしい。鶏はどうしてここにいたか。娘が最初に戸をあけた時に、その袂の下をくぐって飛び込んだのかも知れない。
娘が治三郎にむかって早く隠れろと教えたのは、彼に厚意を持ったというよりも、ここで彼を召捕らせては自分たちが巻き添いの禍《わざわい》を蒙るのを恐れた為であろう。鶏が飛び込んだのは偶然であろうが、今の治三郎には何かの因縁があるよ
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