のが習いであったが、一方の連れが馴染みであるだけに、綾衣の客の素姓《すじょう》も容易に知れた。番町の旗本藤枝外記とすぐに判った。外記は同役に誘われて、今夜初めて吉原の草市を見物に入り込んだのであった。
連れのひとりは此の時代の江戸の侍にありがちな粋《いき》な男であった。相方《あいかた》の玉琴にも面白がられていた。外記は初めてこの里の土を踏んだ初心《しょしん》の男であった。しかし、これも面白く遊ばしてもらって帰った。
「すっきりとしたお侍でおざんすね」と、番頭新造の綾浪も言った。
綾衣はただ笑っていた。
その後も外記は遊びに来た。二回《うら》にはやはり玉琴の客と一緒に来た。三回《なじみ》を過ぎてからは一人でたびたび来るようになった。
玉琴の客はいつか遠ざかってしまったが、外記だけは相変らずかよって来た。綾衣の方でも呼ばずには置かなかった。しょせん添われぬときまっている人が、綾衣の恋の相手となってしまった。これも神のむごいいたずらであろう。もうこうなると、綾衣も盲目《もうもく》になった。末のことなどを見透している余裕《ゆとり》はなかった。その日送りに面白い逢う瀬を重ねているのが、若
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