のない立て膝をしてはいなかったが、疲れたからだを少しく斜《はす》にして、桐の手あぶりの柔かいふちへ白い指さきを逆《さか》むきに突いたまま、見るともなしに向うの小さい床《とこ》の間《ま》を見入っていた。床には一面の琴が立ててあった。なまめかしい緋縮緬の胴抜きの部屋着は、その襟から抜け出した白い頸筋をひとしお白く見せて、ゆるく結んだ水色のしごきのはしは、崩れかかった膝の上にしどけなく流れていた。
入り口の六畳には新造や禿《かむろ》が長火鉢を取り巻いて、竹邑《たけむら》の巻煎餅《まきせんべい》か何かをかじりながら、さっきまで他愛もなく笑ってしゃべっていたが、金龍山の四つの鐘が雪に沈んできこえる頃からそろそろ鎮まって、禿の声はもう寝息と変った。新造たちもうたた寝でもしているらしかった。
入り口と座敷とに挟まれた綾衣の居間は、昼でも陰気で隅々は薄暗かった。一旦ちらちらと落ちて来てまた降りやんだと思った雪が、とうとう本降りになって来た。奥二階の夕雛《ゆうひな》の座敷には居続けの客があるらしく、夕雛が自慢の琴の音が静かな二階じゅうに冴えてきこえた。しかしその夕雛がほんとうに思っている人は、このご
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