し込んでしまった。

     三

 あくる朝は四つ頃(十時)から雪になった。
 この四、五日は暖かい日和《ひより》がつづいたので、もう春が来たものと油断していると、きのうの夕方から急に東の風が吹き出して、それが又いつか北に変った。吉原は去年の四月丸焼けになった。橋場今戸の仮宅から元地へ帰ってまだ間もない廓《くるわ》の人びとは、去年のおそろしい夢におそわれながら怯《おび》えた心持ちで一夜を明かした。毎晩聞きなれた火の用心の鉄棒《かなぼう》の音も、今夜は枕にひびいてすさまじく聞えた。幸いに暁け方から風もやんだが、灰を流したような凍った雲が一面に低く垂れて来た。
「雪が降ればいいのう」と、禿どもは雪釣りを楽しみに空を眺めていた。
 こんな朝に外記は帰るはずはなかった。綾衣も帰すはずはなかった。「居続客不仕候」などと廊下にしかつめらしい貼札があっても、それはほんの形式に過ぎないことは言うまでもない。こういう朝にこそ居続けの楽しみはあるものを、外記は綾衣に送られて茶屋へ帰らなければならなかった。
 金龍山《きんりゅうざん》の明け六つが鳴るのを待ち兼ねていたように、藤枝の屋敷から中間《ちゅうげ
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